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潜在意識コンサルタント 橋本 沙和

Author:潜在意識コンサルタント 橋本 沙和
2003年からヒプノセラピー、レイキティーチャーをしています。
2012年7月にツインソウルと思われる相手と出会い、ドン底まで落ち込み、たくさんの気づきがあり、別れ。
今はほんわか幸せに過ごしています。
この体験を皆様のお役にたてれば。

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生い立ち パート2

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9歳で止まってましたが、続きが気になりますっ!
ってやたら、言われまして。


まあ、ぶっちゃけ、その後は人も死なないし大した変化もないんだけど、
まあ、嫌な思いはたくさんしたよね。

ていうか、嫌な思いした記憶しか出てこない。


まず、9歳で祖母が我が家に来てその日に言われたのは、


おばあちゃんは、好きできたわけじゃない。あなたが小さいから仕方なく来たんだ。あなた生きていけないでしょ?


って、言われたのは衝撃で、どちらかというと、おばあちゃんとは仲良しだと思っていたから、この一言でわたしの心は離れて行きました。

この人は、わたしを愛してないんだなあって思ってた。


今思うと、彼女なりに愛してくれてたし、表現が下手なだけだったと思うんだけど、9歳のわたしには、味方も家族もいないという認識でした。


あとは、叔母にもだいぶ嫌がらせをされました。

こちらは、未だに愛情の裏返しとか思えないです。
悪意と悪気が、逆に清々しいレベル。


人って、こんなにストレートに嫌がらせできるんだなあって、感心する。



たくさん、嫌がらせはされたんだけど。わかりやすいのは、高校受験のときかな。


まず、大学には金銭的に行かせられませんと言われて、これは本当にショックでした。なりたい職業が全て大卒でないと就けなかったので。

まあ、お金は確かになかったので、叔母にあたるわけではないのですが、今度は高校自体も、

偏差値は20下げて受験するものだ。

と、わけのわからないことを言い張ってました。

私と同じ年の息子がいて、その子より上の学校に行かせたくなかったぽいんだけど。



すごくね?



偏差値70でも50ですよ。
当然学校の先生も、他の親戚も閉口でしたが、この人がわたしのいろいろを牛耳っていたので、唸るしかなかった。


私の人生とか将来とか、どーでもいい人が身近にいるって、


すごい。


叔母と言っても血も繋がってない他人ですからね。

そのドウデモイイ感、半端なかったです。


でも、わたしも自分の人生かかってますからね、自分の行きたい高校を推したわけです。


そしたら、


滑り止めは受けさせません。
その高校1校だけ受験しなさい。
もし落ちても、浪人なんてさせるお金はないから、中卒で働きなさい。


それでも、受けるなら受けなさい。



って言われて、本当にその高校しか受けさせてくれませんでした。



当時、都立高には推薦などもなく、普通に一発勝負。


風邪とか引いたら、即アウト。




まあ、受かったけどね。(¬_¬)



そんなことは、日常茶飯事でした。




はい。やっと高校か!まだ人生の半分くらいか。


また、気が向いたら~。


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